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労働あ・ら・かると

「安全週間」より、“安全習慣”をしっかり身につけたい

労働評論家・産経新聞元論説委員・日本労働ペンクラブ元代表 飯田 康夫

安全週間は、常日頃から安全を意識し身に着けた“安全習慣”の心で
~梅雨が明けると高温多湿の日本列島 熱中症や高齢者の労災防止に注意~

今年も7月1日から7日まで「全国安全週間」が展開される。令和5年度のスローガンは“高める意識と安全行動 築こうみんなのゼロ災職場”だ。安全は、何物にも代え難い最優先課題であることに、子どもから成人、高齢者まですべての国民が理解しているはず。だが、日常生活の中で、思わず“ヒヤリ・ハット”するケースに出くわすことがある。注意散漫でケガや重症に遭遇することもあろう。安全第一の心が職場や家庭で徹底していれば避けられる労働災害。

働くとは、自らを、家族を養い、第三者の幸せづくりのために、人が動くと書く。そこには常に危険が潜んでいる。労働災害が発生しそうにもないサービス業や教育などの現場で、思わぬ転倒、墜落やケガに見舞われることがある。ちょっとした心のスキを狙って災害はやってくるのだ。労災の発生は、あってはならないこと。不安全な職場、整理整頓が行き届いてない職場は、誰もが気付いているはず。ここは労使トップ層が先頭に立って、職場総点検を行い、目配り、気配り、足配りを欠かさないことだ。

安全週間が日本で始まったのは、昭和3年(1928年)のこと。1年後の1929年(昭和4年)はアメリカで株価が大暴落。世界が大恐慌に見舞われる直前だ。以後、大戦中も多くのイベント事業が軍政のもと、中止させられたが、安全週間だけは中止されることもなく、地道に、愚直に運動が展開され、今年は、数えて96回目。まもなく100周年を迎える。
それだけ、安全第一の重要性が職場に徹底され、働く者の人間の尊厳が守られてきたと言える。

安全第一(SAFETY FIRST)運動が始まったのは、1900年代の初めとされる。アメリカのUSスチール・ゲーリー会長が、不況下の工場で働く労働者の悲惨な姿を目にして、第一線で働く人の命を大切にしたい、ケガや悲惨な労働災害を職場から一掃したいとの強い経営理念の下、誕生したと伝えられる。安全第一、品質第二、生産第三というわけだ。もちろん、品質が悪くて良いというわけではない。生産効率が落ちてもよいというわけでもない。だが、現場に働く人の生命や悲惨な労働災害を無視しての品質や生産優先では、結果として、生産も、品質もよくなるわけがない。ここは、人命尊重の安全第一を最優先してこそ、結果として品質も良くなり、生産も効率が挙がろうというわけだ。

渡米し、この現場に足を運んだのが、大正元年、当時の足尾銅山(鉱業所)所長の小田川全之だ。新しい銅の採掘技術の視察に出掛け、そこで目にしたのが「安全第一」の看板。工場の現場でケガ人を出さない、悲惨な労働災害を引き起こさない。人を大事にしてこそ、品質も生産も上がる精神を学んだ小田川所長は、帰国後、逸早く、この運動を取り入れ、職場に「安全専一」の標示板を掲げた。安全第一は、当時、安全専一と訳されていた。
アメリカ国内では、乗り物、踏切、ホテル、劇場、レストラン、工場など人が動くであろうあらゆる現場に、安全第一の標識があり、圧倒されたという伝説が残されている。

昨年 死亡者数過去最低も、休業4日以上の死傷者数はこの20年間で過去最多

ところで、昨今の労働災害の発生状況は、どうなっているのか。
厚労省が公表している「令和4年労働災害発生状況」によると、労働災害での死亡者数は過去最低。休業4日以上の死傷者数は、過去20年間で最多だ。これでは、スローガンに言うゼロ災職場の実現には、程遠いと言えそうだ。
昨年1年間、コロナ感染症のり患によるものを除いた労働災害による死亡者数は774人(前年対比4人減)で過去最少だ。一方、休業4日以上の死傷者数は13万2,355人(前年対比1,769人増)と過去20年間で最高となっている。
なお、コロナ感染症のり患による労働災害を含めた死亡者数は791人(前年比76人減)、休業4日以上の死傷者数は28万8,344人(前年比13万8,426人増)。

労働災害を減少させようとする国(厚労省)の「第14次労働災害防止計画」(令和5年度~同9年度)では、令和9年度までに同4年度比で「建設業・林業で死亡災害を15%以上、「製造業で、はさまれ、巻き込まれの死傷者数を5%以上」、「陸上貨物運送業で死傷者数を5%以上」それぞれ減少させることを目標とするが、果たして、コロナ感染が落ち着き、産業が活発に動き出すと、景気指標のスピードよりも労災事故が先行して増えてくるという過去の実績からみて、相当の覚悟を決めないと労災セロの実現は厳しいものになろう。

朝、元気に出掛けた社員が、労災事故に遭遇、夕刻モノ言わぬ姿で帰ってくる姿を思い浮かべてほしい。1万人の会社であれば1人の死亡は1万分の1だが、家族にとっては100分の100、すべてを失ったという現実、その悲しみは測り知れないものがある。
安全第一は、あらゆる現場に徹底されるべきだし、安全週間だといって、ことさらこの時期だけ、うるさく呼びかけるのではなく、安全週間をスタートに、常日頃から年間通して安全第一、安全こそ最優先するものだという心掛けをしっかり身につけたいものだ。

日本列島は、間もなく梅雨明けだ。梅雨が明けると、高温多湿の本格的な夏がやってくる。寝不足も重なって、とかく注意が散漫となり、思わぬ労災事故に遭遇しかねない。とりわけ熱中症対策や高齢者の労働災害には、労使挙げてきめ細かく安全を配慮してほしいと願う。
令和4年の職場における熱中症による死亡者数は30人。前年比10人、50%増で、建設業で14人、警備業で6人だ。熱さ対策の不備、熱中症予防のための労働衛生教育の不徹底などが指摘される。「休ませて様子をみていた」では遅いのだ。急変するケースが多いだけに迅速な対応が必要。熱中症を発症しやすい現場では、「STOP!熱中症。クールワークキャンペーン」を踏まえ、暑さ指数の把握、こまめな休息、水分補給など管理者の責務も重いものがある。目配り、気配りこそ必要な要件だ。

同時に高年齢労働者の労働災害防止にも目を向けたい。若手の労働力不足や働きたい高齢労働者の割合が増え、雇用者全体に占める60歳以上の高齢者の割合は令和4年時点で18.4%を占める。一方、労働災害による4日以上の死傷者数のうち、60歳以上が占める割合は28.7%だ。労働者全体の2割弱が高齢者で、労働災害に遭遇する高齢者は3割近い。慣れない職場、身体の衰えからくる動きの鈍さなどもあって、労働災害にあう機会が目立つ。労働災害発生率(死傷年千人率)を30歳代と比較すると、60歳以上の男性は約2倍、同じく女性は約4倍だ。中でも転倒は、年齢が高くなるほど発生率が上昇、男性の場合、60歳代は、20歳代の約3倍、女性の転倒災害発生率は特に高く、60歳代以上は、20歳代の約15倍という数値がある。高齢者の労働災害防止はまさに緊急な対応が待たれる。