労働あ・ら・かると
労務の免許皆伝、2つの課題
社会保険労務士 川越雄一
〇自動車免許と労務はどこか似ていると思われませんか。労務をひと言でいえば従業員をサポートする業務ですが、具体的には労働時間管理、賃金計算、社会保険の手続きなどです。もちろん、労務の仕事をするうえで特別な資格や免許が必要なわけではありませんが、円滑に進めるには自動車免許と同じく2つの課題をクリアし実践することで免許皆伝です。その2つとは何でしょうか。自動車学校に通っていた頃を思い出してみてください。
1.「学科」 関係する法令等を理解する
〇自動車学校では「学科」と「技能」教習が車の両輪です。労務においても、業務の多くは法律に基づくものですから、これを正しく理解しておくことが重要です。
●自動車学校では法令・マナー・安全運転のために知識を学ぶ
〇1コマ50分だったと思います。第1段階では、道路交通法等の法令を学びます。法令の中にも歩行者保護、運転におけるマナーも含まれています。第2段階では、安全に運転するための知識と応急救護などについて学びます。私の頃は自動車の構造に関するものもあったと思いますが今はないと聞いています。
●労務においては労働法令等を学ぶ
〇労務には自動車学校のようなところはありませんから、先輩から教えてもらったり本を読んだりして習得します。労働法令とひと口にいいますが、労働基準法、健康保険法、育児・介護休業法など多岐にわたり、かつ頻繁に改正や新たに法律が制定されていますので、それらを正確に理解するのは至難の業です。
●我流ではイザというときに通用しない
〇自動車を運転する際、信号や道路標識の意味を理解していることは最低限必要です。60キロくらいで走っても大丈夫と思っていても、標識が40キロなら違反です。労務においても、たとえば毎日の残業時間30分未満を切り捨てるのが会社の常識だったとしても、出るところに出られると通用しないのと同じです。
2.「技能」 基本動作を身につける
〇自動車学校における車の両輪のもう一つは「技能」教習です。
労務においても自動車教習同様、基本動作の習得が重要です。基本があってこその応用です。
●自動車学校では基本的な運転技能・路上教習
〇第1段階では、自動車への乗り込み方から始まり、基本的な運転技能を習得するためにコース内を運転します。仮免に合格すると路上に出る第2段階になります。路上では一般の自動車と一緒に方向転換、右折、左折など実践的な運転技能の教習になります。これが終了すると卒業検定です。余談ですが、私は2回目に合格しました。
●労務においても基本動作の習得
〇自動車の運転は学科の知識を踏まえて行いますが、労務も同じです。労働法令などを踏まえて業務を間違いなく円滑に進めていく手順があります。型(かた)といっても良いかもしれません。しかし、この基本的な手順や型を習得するのが難しいものです。難しいからコツコツと繰り返し手順や型を体で覚えることが必要です。
●我流は事故のもと
〇自動車事故や違反は、免許を取った直後というより、少々慣れた頃に起きやすいと聞いたことがあります。慣れてくると基本動作がおろそかになりやすいからかもしれません。労務においても、中途半端に経験のある人は、今までたまたまうまくいっていたことを基本動作だと勘違いします。いわゆる我流なのですが、いつか大きな事故を起こします。
3.運転行動を労務に活かす
〇自動車免許における「学科」と「技能」教習はバランスよく機能してこそ安全な運転行動が成り立ちます。労務においてもこの二つを意識することにより、良好な労使関係を築くことができます。
●運転行動の三要素は「認知」「判断」「操作」
〇運転行動は、「認知」「判断」「操作」の三要素で成り立っているといわれています。そして、交通事故は、運転者の認知ミス、判断ミス、操作ミスのいずれかによって発生します。ですから、自動車免許における教習は、この3つのミスを起こさないよう訓練し身につけることを目的にしているのです。
●労務の三要素は「認識」「判断」「対応」
〇労務において意識すべき三要素は「認識」「判断」「対応」ですが、自動車の運転と同様、いずれかのミスでトラブルは起きます。特に現状認識を見誤ると「判断」や「対応」も当然間違った方向になってしまいます。また、労務は人を相手にしますから、人の気持ちに配慮することは当然です。
●「だろう」ではなく「かもしれない」
〇自動車学校の先生から耳にタコができるほど聞いた言葉です。いわゆる危険予知の考え方なのですが、労務にも必要なことです。
「従業員は理解してくれているだろう」ではなく「従業員は理解しておらず不満を持っているかもしれない」という発想があればこそ事故やトラブルが防げるのです。
〇労務の仕事は人である従業員を相手にするものばかりですから、ちょっとしたミスが大きなトラブルにつながります。ですから、自動車の免許と同様に、学科と技能の習得・実践が必要なのです。そして、これらを確実に行えるようになれば労務の免許皆伝です。