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労働あ・ら・かると

オーディションに立ち会って俳優という職業を垣間見る。

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

職業紹介を手掛けるに当たっての要件のひとつとして、法律で選任義務のある「職業紹介責任者」というものがあります。職業紹介責任者のための講習というものもあり、その講習の講師は、筆者のもう一つの仕事でもあるわけですが、その講習に使用する公正採用に関するVTRの作成に過日かかわりました。

まずはシナリオライターの方に、このVTRのコンセプトと織り込んでほしい事例の説明をして、原案を作成していいただき、監督やプロデューサーと一緒に多くの意見交換をしながら脚本を作成しました。
25分ほどの作品で、主人公の女性人材コンサルタントと上司、同僚、新人の計4人が登場人物の中心なのですが、それ以外も求職者役や求人企業採用担当などの8人を合わせて出演者12名を選ぶためのオーディションに生まれて初めて立ち会いました。
応募者は100名以上だったと思います。企業の採用面接の場なら数えきれないほど担当したり立ち会ったりしたことのある筆者ですが、応募者が脚本を元に台詞を言うオーディションなので、興味深いことがたくさんありました。

数人一組で台詞を読み合わせた後に、監督が「笑顔を作って」「予算ができたときの嬉しい笑顔を」「試験に合格したときの笑顔!」と、笑顔だけで三種類も四種類も要求するのですが、応募者の方はみなさん実に上手にそれぞれの笑顔をするのには、ほとほと感服しました。「悲しい顔」や「落胆した顔」についても同様です。
もうひとつ気付いたのは、審査をしている監督やプロデューサーが、今回は採用しないであろう応募者についても、克明なメモをとることがあることでした。後日聞いた話ですが、今回の応募はほとんどがプロダクションの推薦によるもので、あらすじと脚本の一部を提供し、撮影スケジュールを示して、出演可能な俳優さんがオーディションを受けていたわけです。
これは人材会社経由のホワイトカラー職種の転職面接にも似ていると感じさせられました。
ある求人の採用選考で「今回は見合わせ」となった人材でも、記憶力の良い採用担当の方が覚えていて「あの人材今どうしてる?まだ転職活動を続けていますか?」という問い合わせが、稀にですがあるのです。
人材にとって、とある機会が残念な結果であっても、世の中狭いもの、また縁があると思ってマナーよく面接会場を辞すようにとの助言が必要だと思う故です。
採用担当に対しても、冷たい「お祈りメール」で済ませるのではなく、自社製品・サービスの利用者であることを忘れずに丁寧に対処してほしいと思っています。

もうひとつ関心を惹かれたのは、今回はすべての方が「プロダクション」からの推薦で、候補者を推薦していただいた複数のプロダクション全部が、職業紹介事業者ではなかったことです。VTRに出演するという契約内容は、確かに「雇用」と呼ぶには無理のある関係に思えます。
昭和の時代の職業紹介許可は「職業別許可」でしたので、確か「芸能家」という括りがあったように記憶しているのですが、実態がどうだったのか思いを馳せたりしました。
コロナ禍の最中でしたか,西田敏行さんが理事長の日本俳優連合(日俳連/俳優の方々の協同組合)が、希望する俳優が加入できるよう、労災保険特別加入について活動されていたこと、2021(令和3)年4月から、芸能関係作業従事者、アニメーション制作作業従事者のかたも労災保険に特別加入できるようになったことなども脳裏をかすめ、志高くとも不安定労働の見本のような「俳優」というしごとを再度認識しなおす良い機会を得ました。

演技を撮影した映像の編集の場にも居合わせたのですが、音楽が入るとまた印象が変わり、理解しにくい法律用語も字幕を付けるとわかりやすくなることなど、俳優さんだけでなく多くのスタッフがかかわって完成していくことにも、改めて驚嘆しましたし、おそらく昭和の時代の映像制作に比べれば、編集や録音だって、何しろフィルムやテープを使わないのですから、目の前でキーボードをちょこちょこいじっているようにしか見えない作業で、どんどん作品が良くなることに、頭の中ではわかっていたつもりだったのですがIT技術の進歩による仕事の変化に感銘を受けたと言っても過言ではありません。

今回、VTR制作にかかわったことを機に、TVや映画を見る視点や注目点がすっかりかわってしまい、エンドロールには最後まで目を凝らし、群衆場面では「その他大勢」の出演者に注目したりするようになりました。

この原稿を書き終えたら、久しぶりに下北沢の小劇場に行ってみようかとも思っています。

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)