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「やっていること」と「やって良いこと」を区別しよう

社会保険労務士 川越雄一

 

世の中、「やっていること」の全てが「やって良いこと」とは限りません。会社の労務で言えば残業代の支払いも同じことで、他社や自社が「やっていること」を「やって良いこと」と混同していると、意外な落とし穴が待っていることもあります。ですから、まずは「やっていること」と「やって良いこと」を区別しておくことが重要なのです。

 

1.ただ「やっていること」も多い

他社で「やっている」と聞けば自社でもやってみたくなりますし、自社で長年大きな問題もなく「やっていること」は「やって良いこと」と思いがちです。しかし、ただ「やっていること」も多いものです。例えば……。
●課長にすれば残業代不要
課長といえば管理職の代名詞みたいなものです。そのため、課長にすれば残業代不要としている会社もあります。労働基準法には管理職と似た言葉で管理監督者というのがあり、これと混同されてのことだと思います。管理監督者であれば労働時間や休日に関する規制が適用されませんが、これに該当するのはかなり限定的です。
●1日30分未満の残業代は不要
例えば、終業時刻18時の会社で残業代としてカウントするのは18時30分からというようなケースです。つまり、毎日30分は切り捨てということですが、法律上は1日ごとの時間切り捨ては認められていません。1カ月合計残業時間の端数処理において、30分未満は切り捨て、30分以上は1時間に切り上げても違法とはしないという取扱いの間違った運用です。
●代休を与えれば残業代は不要
休日労働をさせた後、他の日に代休を与えて残業代は不要にしているケースです。そもそも代休は、休日労働が行われた場合に、その代償として以後の特定の労働日を休みとするものであって、休日労働を帳消しにするものではありません。就業規則に規定を設ければ、代休日の賃金を減額できますが、それでも割増部分である0.25又は0.35の支払いは必要です。

2.不正確な情報が混同に拍車をかける

混同されやすい「やっていること」と「やって良いこと」ですが、実しやかに伝わる不正確な情報や、間違った成功体験がそれに拍車をかけます。
●実しやかに伝わる不正確な情報
人間の特性なのかもしれませんが、人は情報を自分に都合の良いように受け入れやすいものです。もちろん、合法的に都合が良いことであれば良いのですが、多くの場合はたまたま問題が表面化しなかっただけのことを、「やって良いこと」のように伝わる不正確な情報です。さらにそのような情報には尾ひれがつきますからさらに不正確になります。
●各社の前提条件が考慮されないまま
残業代の支払いについて同じことをやっても、トラブルになる会社とならない会社があります。これはひと言でいうなら各社の労使関係など前提条件が違うからです。ですから各社の置かれた前提条件を考慮しないまま、他社でただ「やっていること」をそのまま真似するというのは、うまくいかないばかりかトラブルを招きやすいのです。
●今まで何もなかったから
ただ「やっていること」でも、たまたま問題が表面化しないこともあります。これが、いわゆる成功体験のようにして世間に広まります。しかし、それをもって「やっても良いこと」にはなりません。定期的に行われる役所の調査にしてもそれぞれ所掌があり、問題を100%指摘するわけではないので「今まで何もなかったから」は何の保証にもならないのです。

3.2つを混同しない3つのポイント

「やっていること」と「やって良いこと」の混同から会社を守るには、制度の正しい理解、他社の「やっていること」を鵜呑みにしない、そして自社を客観的に認識することです。
●制度を正しく理解する
残業代支払いについては法律に事細かく規定されています。ですから、まずは制度を自分に都合よく解釈せず、正しく理解することが重要です。言い換えれば、法律という物差しに照らして対応することです。このようにしておけば、仮に従業員との間でトラブルが発生したとしても堂々としておくことができます。
●他社の「やっていること」を鵜呑みにしない
もちろん他社の「やっていること」が「やって良いこと」であれば良いのですが、それを見極めるのは至難の業です。なぜなら、多くの場合、世間話として伝わる他社の情報は都合の良い一部を切り取ったものだからです。そのため、そのような情報を鵜呑みにするのはとてもキケンなことなのです。
●自社のことを客観的に認識する
日本には法人企業だけでも180万社ほどあるといわれています。従業員規模だけでも数十万人から1人までさまざまです。また、就職希望者が殺到する会社もあれば、1人辞められたら誰もいなくなる会社もあるのです。つまり自社のことを客観的に認識すれば、「やっていること」と「やって良いこと」の混同は厳に慎むべきことが分かります。

 

他社や自社で長年「やっていること」を「やって良いこと」と混同してしまうことは多いのですが、これを区別しておくことは、残業代支払いばかりか労務管理全体においても重要なことなのです。