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カスタマーハラスメントと職業紹介の全件受理義務

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

カスタマーハラスメントについて、ホテルや旅館などの事業者は、一定の場合を除き、宿泊しようとする者の宿泊を拒んではならないと規定されていましたが、新型コロナウイルス感染症等の影響による情勢の変化もあり、昨年の旅館業法の改正で、「不当な割引、契約にない送迎等、過剰なサービスの要求」「対面や電話等により、長時間にわたり、不当な要求を行う行為」「要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が不相当なもの(身体的な攻撃(暴行、傷害)、精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言)、土下座の要求等)等」を繰り返す場合には、宿泊を拒否することができるようになりました。
航空業界においては先月、ANAグループとJALグループが共同で「カスタマーハラスメントに対する方針」を策定したと公表しています。もちろん航空機の運航に支障をきたすような乗客については、以前から搭乗拒否ができましたが、「利用客のご意見・ご指摘には真摯に耳を傾け、誠実に対応してまいります。 しかしながら、暴言・暴行など、著しい迷惑行為等(カスタマーハラスメント)については、スタッフを傷つける行為と捉え、社員の安全を守るために行動します。」と毅然とした口調の表明をなっています。
それ以外にも、鉄道職員に対する酔客による暴行、コンビニや飲食店で店員に土下座させてその画像をネット上に拡散させる事象などが報道されています。
これらの動向の中、東京都は、カスタマーハラスメント防止条例の制定を目指して検討部会を設置して論議を重ねており、過日基本的な考え方が公表されました。

これらの風潮の影響もあるのでしょう、筆者の仕事のひとつである職業紹介事業者からの相談事項にも、「執拗なクレイムを繰り返す求職者についても職業紹介サービスを提供しなければならないのか」という問い合わせが以前より多く見られるようになってきました。

職業紹介事業者については、職業安定法第5条の7で、法令違反でない求職の申し込みは、全て受理しなければならないと義務づけられていますので、過度な要求をする利用者(求職者)であっても、その求職を受け付けないことは違法行為となってしまいますし、同法第32条の14では、設置を義務付けられている職業紹介責任者の義務として、「求人者又は求職者から申出を受けた苦情の処理に関すること」が明記されています。
しかし、現実に起きた紛争において、何が「苦情」で、何が「過度な要求」なのかを判断することはとても難しいと思います。カスハラとクレイムとの間に明確な線引きがあるわけではないですし、自己の業務ミスを棚に上げて苦情申告者をカスハラと決めつけた事例や、過剰クレイム扱いして苦情を門前払いした中に、障害のある方に対する無理解や差別があった事例もあると聞きます。

タクシーの乗車拒否が批判されたこともあるわけで、人材紹介事業を含めた公共的公益的な業務については、旅館業にしても運送業にしても、不合理な利用拒否はすべきでないという考え方が底流にありますし、一方での利用者の過度な権利主張が他の利用者の利便を損ねたり、過度なクレイムに対応する従事者の被害発生が訴えられる中で、どのように線引きをして対処していくべきなのか、慎重に判断していく必要があると思います。
特に職業紹介事業においては、他の業界でのカスハラの多くが「衆目の中」で見られること(「誰が見てもダメでしょ」と言える状況)に対し、求職相談は「プライバシーが保たれる環境」(許可基準3(3)ㇿ(イ))で行われるのが原則で、複数多数の第三者による客観的な判断が困難だという側面もあります。

旅館業法の改正にあたっても差別防止を意識し、「カスハラ」に該当しないものとして、「障害のある方が社会の中にある障壁の除去を求める場合」「障害のある方が障害を理由とした不当な差別的取扱いを受け、謝罪等を求めること」「障害の特性により、場に応じた音量の調整ができないまま従業者に声をかける等、その行為が障害の特性によることが本人やその同行者に聴くなどして把握できる場合」「営業者の故意・過失により損害を被り、何かしらの対応を求める場合(手段・態様が不相当なものを除く)等」が例示され、判りやすくなっています。

職業紹介の相談事例をみてみると、なにより求職者の誤解によると思われる申告指摘の中には、違法とは言えないまでも紹介業担当者の舌足らずや知見不足に起因すると思われるものも多くあり、このような申告は、真摯に向き合えば自社のレベルアップに役立つヒントが包含されているので、もしこのような指摘申告をカスハラだと切って捨てるようなことがあるとしたら、実にもったいない話でもあると思います。
苦情に真摯に向き合って再発防止策を策定することが、事業の質の向上につながる事例も多く見てきた筆者としては、一歩間違うと「カスハラ扱いすること」によって、国民の告発の権利を阻害することにつながらないかという懸念もあり、今後の東京都カスハラ条例の具体的策定段階で、何が「根拠のある苦情」で、何が「過度な要求」なのか、誰がみても明確な判断基準が示されること、併せてカスタマーハラスメントについての相談や紛争解決の援助などの窓口を設定することも、この条例の実効性を確保する有効な方法だと思っています。

以上

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)