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労働あ・ら・かると

2024年度の最低賃金 史上最高の時給50円引上げ目安も、+アルファ続出

労働評論家・産経新聞元論説委員・日本労働ペンクラブ元代表 飯田 康夫

2024春闘相場は、厚生労働省調べで、賃上げ額で1万7,415円、賃上げ率で5.33%と、いずれも昨年を大幅に上回った(2023年の賃上げ額は1万1,245円、賃上げ率は3.6%)。労使の集計結果でも、連合調べで額は1万5,281円、率は5.1%。大手中心の経団連調べでは、額で1万9,219円、率で5.58%となり、1991年(平成3年)以来、33年振りの高額水準で収束をみた。連合調べのパートなど短時間労働者の賃上げ率は5.75%だ。

物価高騰が続き、人手不足が厳しくなる中で、大手を中心に高額な賃上げが続出。6月の実質賃金が27カ月ぶりにプラスに転じ、経済・物価・賃金の好循環が見られる環境にある中、2024年度の最低賃金引上げの目安が示され、最低賃金額周辺で働くパートタイマーを中心に関心が高まっている。

2024年度の最低賃金の引き上げ目安が厚労大臣から中央最低賃金審議会に諮問が出される前の段階、6月21日付けの労働あ・ら・かるとで筆者が指摘したように、最低賃金の目安制度がスタートして最高の50円という目安が示され、しかもこれまで地域間をA・B・C(過去にはDランクも存在)のランク分けをし、目安額にも格差が示されていたが、2024年度は、初めては全ランク統一の50円という地域間の額差を取り払ったという画期的な目安の提示となった点にも注目したい。

同時に、7月25日、中央最低賃金審議会からの目安提示後、猛暑が続く夏の間、各都道府県での地方最低賃金審議会で、公労使が、これまた文字通り熱い議論を展開、2023年度に見られた目安+アルファ議論が再び浮上、50円の目安を上回る51円、52円、53円、54円、55円、56円、57円など目安を1円から7円アップの答申が相次いでいるのも注目したい。

8月18日現在、50円にプラスアルファの答申を決めた地方最低賃金審議会の動向をみると、以下のようだ。

57円→鳥取県。56円→鹿児島県、沖縄県。55円→青森県、福島県、高知県、大分県、長崎県、宮崎県。54円→秋田県、新潟県、熊本県。53円→福井県。52円→茨城県、香川県。51円→石川県、岐阜県、兵庫県、和歌山県、山口県、福岡県など。

Bランク、Cランクの県で50円+アルファの答申が目立ち、人手不足、中でも若年層世代の都心部への流出に歯止めを掛けたいと頭を悩ます労使の考えがその背景にあると見える。

注目される地方最低賃金審議会での公労使の議論だが、中央最低賃金審議会で労使はどのような問題提起をし、目安答申に向け、労使はどう語っているのかをみたい。

6月末から7月25日の目安答申までの間、中央最低賃金審議会では、5回にわたり真摯な熱い議論を展開してきたが、労働側と使用者側の見解(要旨)をみると次のようだ。

【労働者側の見解】

「2024春闘は、デフレマインドを払拭し、経済社会のステージ転換をはかる正念場との認識で取り組み、33年振りに5%台の賃上げが実現した。だがその一方で、労働組合のない職場で働く労働者も多く、最低賃金の大幅な引上げを通じ、歴史的な賃上げの流れを社会全体に広げていくことが必要だ」と主張。「中小企業の経営は、人に頼る部分が大きく、経営は生き残りをかけて、人材確保に向けた人への投資を決断している」と指摘。「最低賃金は生存権を確保した上で、労働の対価として相応しいナショナルミニマム水準へ引上げなければならない。まずは2年程度で全都道府県において1,000円以上を目指し、昨年以上の大幅な改定に向けた目安を提示すべきだ。加えて、現在の最低賃金は絶対額として最低生計費を賄えていない」と指摘。「消費者物価指数は3%前後の高水準で推移しており、頻繁に購入する品目では平均5.4%アップと高まっている。最低賃金近傍の労働者の暮らしは極めて苦しい」と主張。「地域間額差は、地方から都市部へ労働力を流出させ、地方の中小・小規模事業者の事業維持・発展の厳しさに拍車をかける一因だ」と指摘し、「昨年のCランクの引き上げ実績(目安+アルファ)を踏まえ,2024年度の目安を検討すべきだ。同時に、人口流出や人手不足が顕著な地域、中小・小規模事業者は、人材確保・定着の観点からも最低賃金を含む賃上げは急務だとする。中小・小規模事業者も賃上げを広げるためには、賃上げのための環境整備や支払能力の改善・底上げが重要で、人件費増を念頭に置いた価格転嫁のさらなる実効性の向上、政府の各種支援策の活用など一層の制度拡充を求める」とする。「2024年度は、誰もが1,000円への到達に向け、これまで以上に前進する目安が必要だ。合わせて、地域間額差の是正につながる目安を示すべきだ」とした。

【使用者側の見解】

「成長と分配の好循環実現に向けて賃上げは極めて重要だが、全ての企業に例外なく、罰則付きで適用される最低賃金の引き上げは、各企業の経営判断による賃金引上げとは意味合いが異なる」と主張。「目安審議に当たっては、データに基づく納得感のある審議決定を引き続き徹底し、目安額の根拠となるデータをできるだけ明確に示すなど、納得性を高め、地方での建設的な審議に波及させることが極めて重要であり、10月上旬の発効に間に合わせるために目安審議のリミットを切ることなく、例年同様、公益委員見解を各地方最低賃金審議会へ提示する場合には労使双方やむなしとの結論に至るよう審議を尽くすべきだ」と主張。「生計費については、消費者物価指数は引き続き高い水準にあり、最低賃金近傍で働く人の可処分所得に対する物価の影響を十分考慮すべきであり、賃金については、賃上げの動きは着実に広がっており、企業の賃金支払能力については、業況判断DIで大きな改善はみられず、原材料・商品仕入単価DIは、依然高い水準にある」と述べ、「2024年度の最低賃金を一定程度引き上げることの必要性は、十分理解しているものの、賃上げの対応は二極化の傾向がみられ、業績改善がない中で、賃上げを実施する企業は6割になっている」と指摘。「中小企業を圧迫するコストは、増加する一方で、小規模な企業ほど価格転嫁ができず、賃上げ原資の確保が困難な状況であり、最低賃金をはじめとするコスト増に耐えかね、地方の企業の廃業、倒産が増加する懸念がある」と述べ、「最低賃金引上げの影響率は21.6%に達し、最低賃金額を負担と感じる企業も増加している」とも述べ、また、「賃上げに取り組めない、労務費のコスト増を十分に価格転嫁できていない企業が相当数存在することも十分に考慮すべきで、通常の賃金支払能力を超えた過度の引き上げ負担を負わせない配慮が必要だ」とも述べている。「このため、中小企業の賃金支払能力を高め、継続的に賃金引上げができる環境整備を一層すすめる必要があり、価格転嫁の浸透度の実態調査による検証、下請法の遵守強化など具体的な施策をさらに進めていくことが必要だ」とも述べる。

以上の労使双方の見解、意見、主張を踏まえ、公益委員の目安を審議するも、労使の意見は一致しなかった。

公益委員は、各種データを総合的に勘案、すでに公表されているように、A・B・Cのランクに関わりなく、全都道府県一律50円引上げが目安として提示されることになったものだ。

2024年度地域別最低賃金改定の目安に関する提示を受け、労使は以下のような談話、コメントを公表した。その意味するところを読み解くと次のようだ。注目は、地方最低賃金審議会で、2023年度同様、50円+アルファがどこまで広がるのか。労使ともに、最賃の目安判断の最終的な決定に関心を示す姿勢が読み取れる。

【連合事務局長談話】

談話は4つの柱で構成。第一に掲げたのは「目安は公労使が議論を尽くした結果として受け止める」と銘打ち、「中央最低賃金審議会の目安小委員会の目安について過去最高水準となるA・B・Cランク同一の50円を示した。最低賃金近傍で働く労働者の暮らしを重視しつつ、公労使で真摯な議論を尽くした結果として受け止める。今次の春闘の成果を未組織労働者へと波及させ、社会全体の賃金底上げにつながり得る点は評価できる」とした上で、第二に、「誰もが時給1,000円」「早期達成に向け前進」とし、早期に1,500円最賃を目指す考えを明かす。中央最賃小委での議論で、労働側は、①歴史的な賃上げの流れを社会全体に広げる重要性、②消費者物価が高水準で推移し、最低賃金近傍で働く労働者の暮らしが極めて苦しい現状、③地域の労働力流出と、事業継続困難の一因となっている地域間額差是正の必要性、などを強く主張した。

第三に、「地域間額差の是正に向けた積極的な地方審議を期待」を掲げる。「労働側は、物価、賃金、雇用などのデータに基づき最高額と最低額の額差改善につながる目安を求めたが3ランク同額となり、目安段階での地域間額差縮小には至らなかった。地方最賃審議会での今後の審議において、額差是正を進める前向きな議論が行われるよう、重大な関心をもって経過を注視するとともに情報連携を徹底する」とした。地方最賃審議会で目安50円にプラスアルファを期待する姿勢だ。

第四に、「目安を十分に参酌した引き上げと早期発効に取り組む」とする。その中で、「地域別最低賃金は、集団的労使関係のない職場を含めた社会全体の賃金を底支えする重要な役割を果たしている。連合はこの重要性を改めて認識した上で、今後の地方審議において、目安を十分に参酌した引き上げを早期発効に向けて全力で取り組む」とする。

【日本商工会議所会頭コメント】

一方、使用者側は、全国の中小企業を網羅する日本商工会議所の小林会頭が以下のようなコメントを公表している。

「地域別最低賃金額改定の目安が示され、全国加重平均では50円、5.0%と過去最大の引き上げとなった。公労使で三要素を基に議論を尽くした結果、昨年から続く賃金・物価の大幅な上昇を反映したものと受け止めている。中小企業・小規模事業者の賃上げへの対応は、二極化し、労務費を含む価格転嫁も未だ十分進んでいない。また、同じ都道府県でも、地域や業種によって状況が異なる。地方最低賃金審議会の審議では隣県との競争を過度に意識することなく、企業の実態を十分に踏まえた明確な根拠に基づく審議決定を求める。

政府は、中小企業・小規模事業者の自発的かつ持続的な賃上げに向け、生産性向上の支援と価格転嫁の商習慣化に向けた取り組みをより強力に進めるとともに、最低賃金の大幅な引上げが企業経営や地域の雇用に与える影響について必要な調査・研究を行われたい」とする。

最低賃金法が昭和34年に誕生して65年目を迎えている。最賃額を1円、2円引き上げるのに徹夜交渉の歴史を経て、昭和53年度に目安制度が導入されて46年。令和6年度(2024年度)は、史上最高額の50円の引き上げ目安が提示され、しかもこれまでA・B・C(Dランクもあった)の地域別ランク別に、額に差がつけられていた時を経て、2024年度は全都道府県一律50円。これで課題とされてきた地域間の額差縮小もささやかだが前進。目安+アルファの具体化がどこまで広がるのか、最低賃金制度も様変わりの様子をみせる。