労働あ・ら・かると
労働界は存在感を高めるのに躍起だ!春闘での健闘、評価するも実質賃金プラス疑わしい~民間最大190万組織のUAゼンセンに初の女性会長が登場~
労働評論家・産経新聞元論説委員・日本労働ペンクラブ元代表 飯田 康夫
〇労働運動の姿が見えない、存在感が薄いなどの声を聞いて久しい。多くの働く人たちからは、大企業の男性リードの労働界。運動がマンネリだ、暗い、古くさいなど散々な言葉が投げかけられてきた。いま働く人(給与所得者数)は、国税庁の民間給与実態統計調査によると、6,068万人を数える。日本はまさに雇用社会そのものだ。
〇800万人の組織人員を誇って1989年(平成元年)スタートした連合。そこでは、“力と政策“をスローガンに,1,000万組織を目指した連合だったが、組織が拡大する気配は失せ、組織人員は減る一方。今や700万組織で、ここ35年の歩みを続ける中で、100万人もの組織人員減へと低迷している。
〇社会の仕組みを考えるとき、労働界は平和の旗頭として、社会の一翼を担う責任があるはずだ。政労使の三者構成の中で、社会的にその役割を担うべきだが、組織弱体では、パワーバランスが崩れ、とてもその任務を果たせないでいるのが現実だ。その典型的な姿を労組組織率でみると昨年6月末時点で16.3%という低迷ぶり。従業員100人のうち16人強程度の組合では、その発信力も影が薄く。影響力にも力弱さしか見えてこない。組織人員の増加こそが、労組が掲げる“力”なのだが、組織人員が減っていては、社会的バランスを欠く存在となり、期待に応えられない現実に、ジレンマもあろう。同時に労働組合員数も長年1,200万人を数えていたが、今や1,000万人を割り込み、最新のデータでは994万人。労組の未来がどこまで落ち込むのか気掛かりだ。
〇その組織率(雇用者総数に占める労働組合員の割合)をみると、昭和20年(1945年)8月終戦とともに、戦前、非合法とされてきた労組の結成が平和日本の担い手として開放され、一気に労組の結成が盛り上がり、厚生労働省の「労働組合種類別労働組合数、労働組合員数及び推定組織率の推移(各年6月30日現在)」によると、終戦直後の同22年(1947年)には2万3,323の組合が誕生。組合員数569万人を数え、推定組織率は45.3%を記録している。
〇労働組合法が成立をみた同24年(1949)には組合数3万4,688となり、組合員数665万人、推定組織率は55.8%と働く人の半数強が労働組合員という存在だった。この数値が推定組織率の最高である。同25年(1950年)、旧総評が結成されたものの、推定組織率は46.2%へ低下、その後2年間は40%台を維持するも、同28年(1953年)には36.3%に。以後30年間推定組織率は30%台を維持してきたが、同58年(1983年)には29.7%へと低下。総評、同盟、中立労連、新産別の労働4団体に無所属組合で悲願の統一を成し遂げ連合を結成した平成元年(1989)当時の推定組織率は、それでも25.9%を維持していた。4人に1人は組合員だったわけだ。
〇その20%台も20年続いた末、同13年(2001年)の20.2%を最後に、翌同14年(2002年)には19.6%へと推定組織率は2割を割った。そして令和時代に入って、16%台に低迷したまま。まさに長期低落傾向に歯止めが掛からない状況が続く。
春闘相場5.33%に満足感? 近年にない大きな成果だと高評価
~組織率低迷の中、労組本来の“力”が発揮できたといえるのか~
〇こうした組織人員減という“力”の発揮が出来ず、力が削がれる中、8月末から10月初めに掛けて連合を始め主要労組は大会だ、中央委員会など重要な議決機関の会合を相次いで開いている。そこから聞こえてくるのは、予想に反して元気な声の数々。
〇連合は10月3日の中央委員会で、芳野友子会長は「2024春闘で賃上げ実現という本来的に求められている役割の発揮など、例年以上に労働組合の“力”を実感した1年だ」と語り、「33年振りに5%を超える高い賃上げ水準となり、組合の奮闘に敬意を表したい。未来づくり春闘を掲げ、2024春闘は正念場と位置づけた結果、まさにステージ転換に向けた大きな一歩となった」と評価。「日本経済が賃金も物価も経済も安定的に上昇していくためには『人への投資』と賃上げの流れを継続することだ」など全体的に高評価する。
〇主要産別も9月段階の大会で、組織を挙げて闘った結果、5%台に乗せるという高い賃上げ結果を高く評価する。春闘相場づくりの先導役を果たす金属労協は9月3日の定期大会で「賃上げ獲得組合比率、平均賃上げ獲得額ともに2014年以降では最高水準になった」と評価。鉄鋼や造船重機、非鉄などの労組で構成する基幹労連も9月5~6日の定期中間大会で「結成以来最高の賃金改善獲得額を高く評価する」とまとめ、自動車総連も9月5日の定期大会で「近年にない大きな成果を挙げ、社会全体への波及効果の役目も果たした」と2024春闘賃上げ交渉を総括。
〇連合最大の190万人という組織人員を誇るUAゼンセンも9月18~19日、定期大会を開き、「物価上昇分を一定程度上回り、生活向上分を獲得できた」などと総括。活動報告には「正社員組合員については、制度昇給とベアなどの賃金引上げ分を合わせ、妥結額の加重平均は1万4,484円、4.95%となった。部門別では、製造産業部門が1万3,950円、4.6%、流通部門が1万4,630円、5.01%、総合サービス部門が1万⒋690円、5.18%」と記載。「パートタイム組合員の妥結額加重平均は62.5円、5.75%などだ」とし、「物価上昇分以上のベアを獲得した組合が多かった」と分析。「パートの賃上げは、組織発足以降では最高。パートでは45%の組合が満額以上の回答を得て、正社員の賃上げ率を9年連続で超え、雇用形態間の格差是正が進んだ」と評価する。
〇このように、多くの産別は、5%台以上という高い妥結を評価、元気さを鼓舞した形だ。それはそれで力を発揮し得たとするのはいいことだが、賃上げ後の4月も5月も実質賃金は、マイナス続き。賃上げの成果も、物価高に引きずり落され形で5%賃上げでも働く者の懐は潤っていないのが現実だ。ようやく6月、7月とボーナスシーズンを迎えて実質賃金は、27カ月ぶりにプラスに転じるも、8月には実質賃金は再び0.6%マイナス。実質賃金が安定的にプラスになっていない以上、賃上げ5%獲得も手放しで喜んではおれない。賃金が物価高を常に上回り、経済の好循環を取り戻すには、まだまだ時間が掛かりそうだ。
〇組織面でも、労働組合基礎調査をみると、多くの産別、官公労も含め対前年比マイナスを続け、一人勝ちしているのが最大産別のUAゼンセンのみ。2023年(令和5年)は2万⒎000人増の189万⒋000人。今年の大会でも組織拡大を掲げ、2年間で8万人増を目標に、200万UAゼンセンを展望した仲間づくりに取り組むとした。いま190万人のUAゼンセンだが、このうちパートタイム組合員が116万人を超え、短時間組合員の声、ニーズの把握に取り組むとする。
〇そうした中、UAゼンセンの役員改選が行われ、松浦昭彦会長からイオングループ労連会長の永島智子氏が新会長に選出された。女性会長はUAゼンセン初のこと。永島氏は、2018年からイオングループ労連会長を務め、2020年からはUAゼンセンの副会長、2022年からは連合の中央執行委員に、松浦前会長は「UAゼンセンは6割以上が女性組合員だ。女性会長の選出は産業別労働組合の活動により関心を持て貰うことにつながる」と激を飛ばす。
〇男の社会だった労働界だったが、今、連合の芳野友子会長を始め、連合最大の組織であるUAゼンセンの会長に女性が登場したことで、新たな視点からの問題提起に期待がかかる。労組の存在感を如何に高めるか、難題山積の労働界に新たなメスが加えられていくであろう。