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職業=派遣社員という報道はなんとかならないものか

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

なんとも最近の犯罪報道を見聞きしていると、時代の変化とでも言うのでしょうか、以前は考えもつかなかったような手口の、しかも凶悪な犯罪が発生しているように思います。
今さらですが、スマートフォンやSNSが世に出る前であれば、国外の刑務所の中から犯罪行為の指示が出ていたり、「闇バイト」なるもので集められた実行役が強盗殺人のようなことに手を染める現象が発生するとは想像できないでしょう。
東京都の「特殊詐欺加害防止特設サイト」を見ても、「封筒を受け取るだけの簡単な仕事で日給5万円」「段ボールを運ぶだけ!簡単なお仕事です。最低一件5万円から支給 簡単に楽に稼げます!」といった募集が例示されています。
記載されている内容をよく読むと、運ぶだけ=「運び屋」の募集、電話受付=「架け子」の募集、そして「口座買取」など、特殊詐欺に特有の求人情報であることがわかるはずなのに、これらの求人のクイズに解答した高校生の8割近くはこれらの求人情報が危険であるかどうかの判別がつかなかったそうです。
そして犯罪に手を染めてしまった結果、マスコミに容疑者として掲載・報道されてしまうのを見ると、「なぜ怪しいと思わなかったのだろう」「なぜ身近に相談相手がいなかったのだろう」とやり切れない気持ちになります。

さらに残念に思うのは、報道記事には「職業=派遣社員」といった説明がついていたりすることです。「無職」という記述は、「お金に困っていたのだろうか?」という想像や誤解を含んで受けとめてしまうわけですが、派遣形態で就業する人材は、必ずしも困窮しているわけではありません。
それなのに容疑者が「派遣社員」であることや、被害者が「パート社員」であることを、事件報道の時に伝えることに、どのような意味があるのでしょうか?
「令和4年派遣労働者実態調査の概況」を見ても、派遣労働者として働いている理由(複数回答)をみると、「自分の都合のよい時間に働きたいから」が 30.8%で、「正規の職員・従業員の仕事がないから」30.4%とほぼ同率になっています。少し前の派遣社員を主人公にしたテレビドラマでも、定時になると正社員を横目にさっさと退出する姿を覚えておられる読者もいらっしゃるでしょう。
2008年の秋葉原での無差別殺傷事件の報道の際に「犯人は派遣社員」といった報道がなされたことも鮮明な記憶ですが、以前よりは積極的に「働き方としての派遣」という形態を選択する人材も増えているように思います。そもそも「派遣」は働く形態であって、職業ではないのに、混同してしまっている報道がなくならないことがとても残念です。
「職業=会社員」という記事も同様です。若いころ読んだ『働くということ』(黒井千次著)でも、ホワイトカラーの著者が自動車製造業に就職して、「会社員」と呼ばれることに違和感を持っていたところ、工場の従業員が「俺は旋盤工」と言うという場面があって、「『会社員』は身分であって職業ではない」と思い知らされる場面が印象に残っています。
そういえば「サラリーマン」という言い方が、昭和の時代にはあったと思います。直訳すれば給与所得者ということですから、「事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。」という労働基準法の定義にも合っていると思いますが、これは雇用形態であって、職業名称ではありません。そして昭和世代の筆者の記憶には「犯人はサラリーマン」といった報道があった記憶はありません。(「気楽な稼業」という歌は覚えていますが)
「会社員」「サラリーマン」「派遣社員」と表記されても、その人材が働く姿や状況を思い浮かべることはとても困難です。そればかりか受け取る側では、誤った偏見を、その雇用形態で働く他の人びとに対して抱いてしまわないでしょうか?
冤罪事件の無罪報道について「なぜそのようなことになってしまったのか」という検証記事も目にするところですが、最初の事件報道の時に、推定無罪の原則を忘れずに、かつ再発防止や模倣犯の発生防止のためには何をどのように報道すべきなのか、偏見差別の助長になっていないかを、よくよく考えて伝えていただきたいということを思い起こさせられる「職業=派遣社員」という表記です。

以上

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)