インフォメーション

労働あ・ら・かると

強いられた副業兼業、自ら進んで行う副業兼業 ~スポットワークの普及に思う~

一般社団法人 日本人材紹介事業協会 相談室長 岸 健二

今月1日に施行された新フリーランス法を巡っては、様々な評論もずいぶんマスコミに見られます。「多様な働き方」をうたった働き方改革関連法が成立して6年半経過し、今年春にすべての各項目が施行されている中、「副業兼業」の現状はどうなっているのでしょうか?

コロナウイルス感染症がある程度鎮静化した後も、これを機に普及した在宅ワークによって、浮かすことのできた通勤に費やしていた時間の活用も含め、働く側の副業兼業への関心も高まっています。
副業兼業を、いわゆる「スポットワーク」で行う事例も多く見ます。

少し前ですが、ウーバーイーツ労働組合の方のお話を聞く機会がありました。組合運動のことを伺う場ではありましたが、筆者にとって一番印象深かったのは「この仕事を本業にしたら食べていけないのでは?」ということでした。昼食時と夕食時しか注文がないわけですので、見かけの稼ぎの時間単価が良くても、多くの働き手にとっては総収入額には限界があるからです。
逆に言えば「割り切った副収入手段」とすれば、それなりにやりがいのある仕事と言えると思います。もちろん事故発生時の災害補償その他「働く者の保護策」については、改善されつつあってもまだまだ問題は残っているでしょうが。
ウーバーイーツの働き方のお話を聞きながらも、脳裏をかすめたのは16年前の「年越し派遣村」の光景と「日雇い派遣の禁止」です。プラスαの収入を得るためならともかく、このスポットワークでの働き方を生活収入の中心に据えざるをえない状況は、避けなければならないと思います。
かつて日雇派遣では、寝る場所を失った派遣労働者が日比谷公園に集まったり、労働災害が多発したりして、原則禁止とされました。ただし、年収500万円以上で副業や主たる生計者以外の者などには例外が認められました。

副業兼業の目的の理由は、 収入を増やしたい、1つの仕事だけでは生活できないといった経済的な動機の一方、時間のゆとりができたので活用したい、会社人間にとどまらず様々な分野の人とつながりができるのではないか、自分が活躍できる場を広げたい、現在の仕事で必要な能力を活用・向上させる等多様ではないでしょうか。
スポットワークについての「スキマバイト」というネーミングは当を得ていると思います。テレワークによって減らすことのできた通勤時間、自分なりに工夫をして(生産性を上げて)できた時間、といった「時間」を有効活用して副収入を得たい方にとっては、便利なマッチングアプリが登場したと見てよいでしょう。
一方で、飲食店経営の方やコンビニエンスストアの店長さんをはじめ、この仕組み利用して人材を確保できる事業者にとっても、アルバイトやパートの方の急な欠勤などに対処して必要人材が手当てできる「便利な仕組み」ではないでしょうか。
冨山和彦氏の言い方をお借りすれば今は「労働供給制約の時代」で、人材不足を嘆いてばかりいても道は開けないのですから、工夫して生み出した人材の時間のスキマを活用して事業を行う経営者の発想は当然と言えば当然ですし、「一億総スマホ携行」時代を背景に、その需要と供給を仲介するアプリは時宜にかなったものと思います。

一部新聞報道によれば「無断欠勤したら利用停止」といった運用をするアプリ運用について、厚生労働省が指導を行ったとも伝えられ、「働き手への制裁は雇用契約を結ぶ求人企業しかできない。雇用責任を負わない紹介事業者が求職者の利用を停止するなどの『罰則』を設けることに、法的な根拠はない。」とのコメントも見られます。
おそらく職業安定法第五条の七の「求職の申込みは全て受理しなければならない。」との全件受理の原則を根拠にしたものと推測しますが、「今日の人手」を必要とする雇用者の側からすれば、当日勤務するという約束をすっぽかされたのではたまったものではありません。無期雇用の人材が、入社日に交通事故で出社できなかったのとは、わけが違います。
次条の職業安定法第五条の八(求職者の能力に適合する職業の紹介等)には「職業紹介事業者は、求職者に対しては、その能力に適合する職業を紹介し、求人者に対しては、その雇用条件に適合する求職者を紹介するように努めなければならない。」と定められているのですから、遅刻や無断欠勤の多い人材には(求職は受理したとしても)日々雇用の仕事の紹介は困難という視点も忘れないでいただきたいものです。

先行しているスポットワーク仲介事業者は、そのビジネスモデルを発案し、実行する前に、きちんとグレーゾーン解消制度を利用したり、行政官庁に対して法令適用事前確認手続を行ってその回答を得て実行に移しているようです。その遵法精神は十分に評価に値すると思います。
あとは、アプリ事業者・仲介事業者の問題ではなく、社会全体の労働政策として「スキマ活用」とは別の、生活の軸となる働き方を実現していくことが何よりの課題ではないでしょうか。

以上

(注:この記事は、岸健二個人の責任にて執筆したものであり、人材協を代表した意見でも、公式見解でもありません。)