労働あ・ら・かると
肝臓に学ぶ労務改善に向けた3つの視点
社会保険労務士 川越雄一
〇年末年始はお酒を飲む機会が多いと思いますが、気になるのは肝臓です。肝臓は、よく“沈黙の臓器”といわれますが、障害はあっても自覚症状が出にくく、黄疸(おうだん)などの明らかな症状が出るころには既に病気が進行してしまっているためです。労務についても似たようなところがあって、トコトンおかしくなったときには「従業員はみんないなくなりました」ということにもなりかねません。それを防ぐには肝臓と同じく日頃のケア、問題の早期発見と対応が肝要です。
1.悪化に気付きにくい肝臓と労務
〇肝臓が沈黙の臓器と言われるように、労務もトコトン悪くなるまではそれに気付きませんが、そうなると打つ手が限られてきます。
●“沈黙の臓器”肝臓
〇大切な働きを担う肝臓ですが、機能の低下を示す症状に気付きにくいという特徴があり、よく“沈黙の臓器”といわれているようです。体全体を守るためにギリギリまで頑張ろうと黙々と働くので、自覚症状が出た時はどうしようもなくなっています。ただ、あとになって考えれば「そういえばあの頃から……」。
●従業員はホンネを言わない
〇一方、労務の悪化に気付きにくいのは従業員がホンネを言わないからです。たとえ従業員が強くなったとはいえ、そこは“宮仕えの身”、在職中は「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」ということもあります。もちろん、堪え忍び続けてくれれば良いのですが、人間はそんなに強くありません。そして我慢の限界を越えると……。
●トコトン悪くなると打つ手が限られる
〇労務も肝臓と同じでトコトン悪くなると打つ手が限られてきます。例えば、昇給一つを考えてもそうです。労務が正常である場合は昇給が“追肥”(ついひ)となって従業員のやる気を高めます。しかし、労務が悪化していると“つなぎ留め”のためと受け取られやすくなります。このような昇給は一時的な効果しかありません。
2.「従業員はみんないなくなりましたとさ」
〇労務は経理などと違い数値化しにくいので悪化するのが分かりにくいのです。そしてトコトン悪くなり気付いたときには「従業員はみんないなくなりました」ということにもなりかねません。
●数値に表れにくい労務
〇「ヒト・モノ・カネ」といいますが、モノやカネと違い、ヒトを対象とする労務は異常があっても、なかなか症状として表われません。それは労務の良し悪しが数値化しにくいからです。そのため、労務の悪化を防ぐポイントがどこなのかが経営者自身に分かりにくいのです。仮に労務に異常があってもそれが続くと正常だと勘違いしてしまいます。
●それなりの兆候はある
〇労務の悪化は分かりにくいのですが、客観的にみればそれなりの兆候はあります。例えば、1年間に全従業員のうち、どれくらい離職するかという離職率です。厚生労働省の調査によれば、一般労働者の平均離職率は約11%です。つまり100人当たり11人です。業種にもよりますが、それより多ければ労務に何らかの問題があることも考えられます。
●一人辞め二人辞め
〇従業員が一人辞め二人辞め、採用してもすぐに辞め、いわゆる「退職の連鎖」が起きます。良い従業員ほど黙って去っていきます。それでも補充採用ができているうちは良いのですが、今のような求人難ではそれも難しくなります。こうして、規模の小さな事業所だと、あっという間に誰もいなくなり、臨時休業、臨時休診せざるを得ない事態になりかねません。
3.健全な労務を保つ3つの視点
〇“沈黙の臓器”である肝臓を守るためには、「しらべる」「治療する」「いたわる」が肝要だそうですが、労務においても同じようなことがいえます。
●「しらべる」定期的に現状把握
〇まずは定期的に自社労務の現状を把握することです。前述した離職率もそうですが、労働時間や賃金のレベル、パワハラの有無などです。仮に不備や不満があっても、従業員は“沈黙”していますから、会社側から積極的にヒアリングの場を設けたり、職場内の雰囲気など五感を駆使して感じ取るようにします。また、外部の労務監査を受けることも有効です。
●「治療する」問題への対応
〇労務の現状を確認したところ、法令上の問題点があれば当然ながら即改善します。労働時間管理がキチンとできていなかったり、残業が未払いなどトップがその気になれば即改善可能です。また、パワハラなどについても当事者双方からのヒアリング、事実関係の把握とその後の対応など、トップ主導で進めます。
●「いたわる」日頃から習慣を改める
〇肝臓と同じく労務においても、日頃からの習慣に予防効果あります。その一つが、コミュニケーションのための報・連・相(ほうれんそう)です。ポイントは部下から上司に対してだけではなく双方で行うことです。報・連・相には、相手が仕事を進めやすいようにという思いやり、いたわりの要素があるから良いのです。
〇「ヒト・モノ・カネ」のうち最も重要とされるヒトに関する労務ですが、肝臓と同じくトコトン悪くなるまで気づきにくく後回しにされやすいものです。しかし、離職率など少なからず兆候はありますから、トコトン悪くなる前に対策を打っておきたいものです。