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今月のテーマ(2013年4月)社会保障とマイナンバー制度

今国会で所得や納税実績、社会保障に関する個人情報を管理するための共通番号制度である、いわゆる「マイナンバー制度」成立のための関連法案が審議されている。これは現在野党である民主党政権時代からの懸案でもあり、与野党の動きを見れば、今国会で成立する公算が大きい。ちなみに施行は2016年 1月から、とされている。この制度成立の機運を高めるきっかけとなったのは、旧社会保険庁で管理されていた厚生年金の記録に著しい不備が見つかり、その原因が「手書き」による記録の処理であったことが挙げられている。手書きを基にした文書による記録と管理という伝統的手法は、すでに成熟化しているわが国の 社会保障制度運用に多くの問題を引き起こしてきた。戦前の厚生年金保険料の記録は、あるものは紛失し、またあるものは戦災で消滅した。戦後の混乱期の保険料実績の確認も、特に中小企業にあっては把握が困難である場合も多い。また夫が失業や転職その他で第一号被保険者になった場合、その専業主婦である妻が国 民年金を払い忘れるという問題が生じた。さらに最近では、生活保護の不正な受給が指摘され、これについて福祉事務所が適切な判断をするための情報が制限されているというような事例も話題になっている。

わが国では社会保障制度が完備されてすでに半世紀以上を経過している。しかし上記のようにその運用実態は必ずしも効率的とは言えない。さらにここで強調しておきたいことがある。社会保障の給付対象となる、いわゆる社会的弱者は、福祉サービスや現金給付認定を申請するのに、それぞれ 異なった部局を渡り歩き、認定対象ごとに複雑な手続きを経なければならない。この事態は担当する公務員にとって当たり前の風景かもしれない。しかし、様々 な理由から窓口に現れた援助を申請する側の立場に立ったらどうであろう。荒い言い方をすれば、役所の窓口の担当者は現金やサービスの提供を「判断」する側 であり、窓口に現れた人々は、いわば「物乞い」の立場である。このことは、人々が単に不利な立場であるということだけを意味しない。自分の環境である社会的地位の欠如、資産の欠如、力の欠如、それに伴う過剰な卑下と自己肯定感の欠如を、訪れる窓口ごとに増幅させなければならない。彼らにとって日常生活で味 わう不当な扱い、横暴、搾取を、こうした場面で再現するということになる。

この法律では「行政事務の処理において、個人または法人その他の団体に関する情報の管理を一層効率化するとともに、当該事務の対象となるものを特定する簡易な手続きを設けることによって、行政運営の効率化及び国民の利便性の向上に資すること」と述べている。

社会保障給付対象者にとっては、カードの提出によって簡便で対象者の心情に十分に配慮し、屈辱感を緩和させた新しい行政による援助の姿勢が期待できるが、この表現からは現場の対象者の、真の姿が見えていない。

この法案には反対の意見がある。例えば、経済至上主義者は「カード普及と維持におよそ1兆円かかるのに、実施された後の経済的効果が不明である」と述べる。もちろんこの法案は主に経済的効果を期待するものではない。人々の過去から未来にわたる社会保障受給権をより完全に、そして平等に管理するのが目的であって、これを数字にのみ換算し得ないのは自明である。また「カード化は国家権力に監視を増大させ、自由と人権を抑圧する」というものもある。政府とは、良くも悪しくもわれわれが公正な手続きによって選んだ代表である。前世紀で通用した文言を一つ覚えのように唱える方法は、見る側には滑稽に映る。既に述べたように、社会保障制度は成熟化し、年金・医療をはじめとして、誰でもが権利として受給する時代になっている。ここに時代錯誤的な公共の側による感情や判断の欠如、偏りを与える余地を残してはいけない。提供側と受給側とが、常に対等になる機会をつらなければならないのである。カード の実施に当たっては、こうした視点をよく考慮すべきである。

【日本大学法学部教授矢野聡】