労働あ・ら・かると
今月のテーマ(2013年7月)改正労働契約法の事務局原案作成者を想う
この7月初めに、労働調査会から拙著『知って得する!非正規社員の労務管理‐会社を伸ばすパート・契約社員の雇い方‐』 という本が刊行された。同社の「労務トラブル解決!Q&Aシリーズ」からは3冊目となる本書は、改正労働契約法に対し、各企業が自社の実情に応じてどのよ うな対応策をとるべきかの道筋、着眼点を示し、さらにそれぞれの具体策に沿った就業規則、労働契約書の関係規定のモデル例を掲載している。
私は、この本の原稿を執筆しながら、改正労働契約法の事務局原案を作成した厚生労働省担当課の事務局担当者は、いまどんな思いでいるのだろうかと考えていた。
というのも、私もかつては、旧労働省(現在の厚生労働省)に勤務し、3つの法律案作成作業に従事した経験があるからである。
当時、私が携わった法律案は、勤労婦人福祉法(現在の男女雇用機会均等法、育児・介護休業法の基になっている法 律)、勤労青少年福祉法(勤労青少年ホームその他について定めた法律)、改正湾港労働法(それまでは、湾港公共職業安定所で行っていた登録日雇湾港労働者 の職業紹介を、新たに設ける事業主団体(職業紹介センター)に行わせるための法律改正)である。
勤労婦人福祉法案は、女性労働者の仕事と家事、育児等との両立、母性保護の強化を図る目的のものであった。当初 の事務局原案には、事業主の企業内託児施設の整備、つわり休暇、妊産婦の通院時間の確保・業務軽減措置等の義務が規定されていた。しかし、その後の調整で ほとんどが削除され、抽象的な努力義務規定のみの法律案となって国会に提出された。
当時の与党・政府首脳は、「企業に女性労働者の福祉措置を義務付けると、女性を採用しなくなり、立法目的に逆行 する結果になる」という考え方が強かった。結果、労働者団体、とりわけ女性労働者からは「山吹き法案」と酷評された。山吹きの花はきれいに咲くが、果実が ならない。つまり実効性のない法案ということであった。
現在、改正労働契約法については、労働法学者、弁護士等から色々論評されている。なかでも、有期契約労働者が同 一使用者の契約更新により通算契約期間が5年を超えて雇用された場合に、使用者に申し込むことにより自動的に(使用者の同意を得ることなく)無期労働契約 に転換されることを定めた改正法18条の無期契約転換権の規定は、有期契約労働者(契約社員、有期契約パート、登録型派遣労働者等)の雇用の安定に効果が あるのであろうか、それとも逆に雇止めの増加、労使間トラブルの増加につながるのではないかといった点である。
しかし、論評の対象となっているのは、審議会に諮問された改正法律案要綱や国会に提出され、成立した改正法律案についてである。
こうした法律案は、国会や審議会に提出される前に、同法を所管する厚生労働省の担当課の課長、課長補佐、係長な どによる数人で改正法律の事務局原案が作成され、これにもとづいて厚生労働省内や、政府内の各省庁との調整、その他の関係各方面との調整を経たうえで、は じめて労働政策審議会に改正法律案要綱として諮問され、社会一般の目にふれることになる。したがって、それ以前の事務局原案の内容や改正法律案要綱に到る までの調整の過程は一般の目に触れることはない。
私の体験によれば、一般的に事務局原案は、当初の立法目的に沿った労働者保護の規定内容であり、論理的にも一貫 したものであるが、その後の調整の段階で条文の一部が削除されたり、弱められたりすることが多い。その結果、調整後の法案の内容について労働法学者等から は「法律改正の目的に沿った内容になっていない」、「論理が一貫していない」などと評されることになる。
事務局担当者は黒子であり、この論評について反論する機会はなく黙して語らずである。40年前に法律原案作成に 参加経験を有する私としては、改正労働契約法の事務局原案作成担当者は、現在、どんな思いで労働法学者等の論評を黙って内心で受け止めているのかと思いを めぐらすのである。
なお、私は、現在の法律案作成作業の方法、手順が40年前と同じか否かは確認していないけれども。
何はともあれ、前述の拙著をご一読いただき、論評をいただければ幸いである。
【労務コンサルタント元長野・沖縄労働基準局長布施直春】