労働あ・ら・かると
今月のテーマ(2013年9月 その3)労働基準監督署の役割を知れば「ブラック企業」は恐くない
この9月初めに、労働調査会から拙著『臨検なんか恐くない!労基署対応と適法な労務管理』という図書が刊行された。同社の『労務トラブル解決法!Q&Aシリーズ』の4冊目である。本書は、企業の法令違反を監督・是正する労働基準監督署と労働基準監督官の役割とその権限、しくみを解説し、企業としての対応ポイントを詳解しているものである。
私は、この本の原稿を執筆している間、いまさらながら、労働基準法(以下、「労基法」と略す。)と労働基準監督官制度の持つ権限の強大さと実効確保を再認識した。この再認識の中には、私が、厚生労働省退職後、20年程の間、港湾荷役、建設、貨物取扱いなどの労働災害、労使間トラブルの多い業界で、労災防止対策、労務管理を業としてきた体験も加味されている。
ご承知のように、労基法は次の①から⑥の特色を持っている。
①個別の労働契約内容を直接規律
労基法に、「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において無効となった部分は、この法律で定める基準による」と規定されている(13条)。
労基法は、単に使用者に対して規定内容を守ることを強制し、それにより個々の労働者の労働条件を維持、向上させようとするだけではなく、直接個々の労働契約を規律している。労働者が、直接、使用者に対して契約内容をこの法律どおりに変更することを求め、労基法に定める労働条件を使用者に権利として請求し、実現を図ることができるようにしている。
②法違反に対する刑事罰
労基法に定める労働条件は「人たるに値する生活を営むに必要な最低限のもの」(1条)であり、条文は強行規定(義務規定)となっている。
そして、違反した場合は、違反内容の軽重に従って「1年以上10年以下の懲役または20万円以上300万円以下の罰金」から「30万円以下の罰金」までの罰則が定められている。
③両罰規定
処罰対象は、行為者処罰主義をとっているが、両罰規定を設けて事業主(法人企業の場合は法人、個人企業の場合は、社長)にも責任を負わせることとしている。
つまり、法違反行為をした者が、事業主のために行為をした代理人、使用人その他の従業員である場合には、事業主にも本条の罰則が科される。
④実効確保のための特別な監督行政組織
厚生労働省労働基準局、全国の都道府県労働局と労働基準監督署に労働基準監督官(特別司法警察職員)が配置され、使用者に最低労働条件を守らせるための各事業場への臨検監督(強制立入調査)、悪質な法違反関係者の送検、取締りが行われている。
⑤事業場単位で法律を適用
労基法では、企業単位ではなく事業場単位に業種と規模を判断し、各法規定を適用するのが特色である。男女雇用機会均等法など他の労働法では企業単位で適用される。例えば、A企業に、B本社(東京都千代田区)、C販売店(中央区日本橋)、D工場(埼玉県所沢市)がある場合、B、C、Dそれぞれが1つの事業場となる。企業本社一括で取り締まるのではなく、労働者の働く個々の現場を、それぞれ近隣の労基署が強制立入調査するのである。
⑥使用者が義務、禁止の対象
労基法の条文は、「使用者は、○○しなければならない」または「使用者は、○○してはならない」と規定されている。事業主よりも広範囲の使用者に義務が課されている。
使用者には、社長、役員、部課長、係長等までが広く含まれ、これらのうちいずれかの者が労基法に違反した場合は、処罰の対象となる。
労働基準監督署(労働基準監督官)が施行事務を担当する最低賃金法、労働安全衛生法等の法律も、労基法とほぼ同様の特色をもっている。これらの点は、労働契約法、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法、パートタイム労働法など他の労働法とは大きく異なっている。
現在、これらの法律、制度に基づき、厚生労働本省(東京都の霞が関)に労働基準局、各都道府県ごとに、国直轄の労働局(47局)労働基準部、各労働局管内に労働基準監督署(約330署)が設けられ、これらの労働基準監督機関に約3000人ほどの労働基準監督官、そのほかに労働技官、労働事務官が配置され、活動している。主要な市には、身近に1カ所ずつ労基署があるということである。
労基法が施行されたのは、昭和22年、今から66年前のことである。当時、労基法の制定は「掘っ立て小屋に水洗便所」と揶揄(・・)されたと聞いている。第2次世界大戦末期の空襲で主要都市が焼野原となっていた時代に、これだけ人間尊重、労働者保護の法律、制度を設けた先人達に頭が下がる思いである。
ところで、最近、ふたたび「ブラック企業」という言葉がマスコミをにぎわせている。厚生労働省が8、9月に被害労働者からの電話相談と企業に対する臨検監督(強制立入調査)を、集中的に行うということである。ある1日の相談内容の内訳は、全体のうちの5割は残業代などの賃金不払い(労基法24条)、4割は著しい長時間労働(同36条違反)、1割はセクハラ(男女雇用機会均等法11条違反)などとのことである。
全国の労働基準監督署では、常時、労働者からの労基法など法違反の申告を受け付け、優先的に是正、解決に取り組んでいる。つまり、労働者等から「○○企業に働いているが残業代を支払ってくれない。払うように違法状態を改善してほしい」、と依頼があれば、労働基準監督官がその企業に強制立入調査をして、改善させている。しかも、労働者からの申告(解決依頼)があったことが企業にわからないように行っている。
さらに、労基法等の違反とはいえない民事上の労使間トラブルをあっせん、調停で解決できる個別労使紛争解決システムも設けられている(個別労働関係紛争解決促進法)。法律、制度上はブラック企業を十分に摘発したり、問題解決できるように整えられているのである。
問題は、若者など働く人がこれらの制度の内容と活用のしかたを正確に知らないこと、あるいは申告する気持、つまり、「自分の身は自分で守る」という意識が不十分なことにあるのではなかろうか?
最近は、労働者本人ではなく、長時間労働を心配する母親や妻から労基署への申告も多いし、こちらの申告(情報提供、解決依頼)の方が労働基準監督官の信頼度も高いと聞いているが。
何はともあれ、前述の拙著をご一読いただき、論評をいただければ幸いである。
【労務コンサルタント元長野・沖縄労働基準局長布施直春】