労働あ・ら・かると
今月のテーマ(2013年11月 その2)日本の女性労働をめぐる課題
わが国の女性労働の参入の必要性とその課題が専門家から論じられてから、多くの時間が経過した。2013年になって安倍首相が、成長戦略の一環として女性の活躍重視の方針を打ち出したのは4月だった。男性に比べて女性の労働は決して劣っているわけではなく、逆の証明なら無数に提示できるほどである。しかし現実の労働場面では高学歴な女性が、在職中にその能力が活かされないまま結婚・出産を理由に離職する事実を、我々は身近に目にしている。今なお会社だけではなく女性本人の側からも寿(ことぶき)退社、出産退社が、時には奨励されている。社会的にこれに立ち向かう力が政治的にも、マス・メディアの側からも弱いといえる。一方当事者である女性の中にもこれに憧れる人々が少なからず存在するという状況であることは否定できない。その背後には、男女の賃金格差がある。たとえば経済協力開発機構(OECD:2010年)の調査によると、正社員である米国の女性の収入は男性の81%であるのに対して、日本では71%であるという。労働に従事する女性たちの現状や将来に展望が持てない、というのが、理由の一つであろう。日本では働く女性の約6割が第1子の出産を機に離職する。20歳代後半から30歳代の女性の就業率が低いこの状態を改善できれば、国内総生産(GDP)の押し上げにつながるのは、ほぼ間違いがないであろう。
この問題を解消するためには、子育てを社会的に支える体制の不足を早急に解決しなければいけない。厚生労働省によると、認可保育所に入所を申請しているにもかかわらず入れない待機児童は、2012年10月時点で約4万6000人にものぼる。これも顕在化した数字であって、保育所不足を理由に就業をあきらめる若い女子労働者の例を考えると、潜在的な待機児童は数十万人に達するであろうと推測できる。安倍首相は女性の活躍を成長戦略の中核と位置づけ、2013年度から2年間で20万人、5年間で40万人を保育する環境を整えて待機児童解消を目指す、としている。具体的な取り組みとして、この2年間を待機児童解消の「緊急集中取組期間」とし、意欲的な地方自治体の先進的な取り組みを支援することから始める。たとえば待機児童問題が顕著な都市部の保育施設の用地不足に対応するため、賃貸方式や国有地の活用を促したり、事業所内に保育施設を設ける企業への助成要件を緩めたりするなどの案を公表している。さらに安倍首相は、経団連の米倉弘昌会長らに育児休業期間を子どもが3歳になるまで延長するよう求めた。出産後の職場復帰策に取り組む企業を助成金や税制優遇で支援する仕組みを検討する、とした。
日本の労働力人口(15~64歳の人口)は1990年代をピークに減少している。労働力人口は1990年には約8500万人で、国民の約70%を占めていた。しかし、高齢化の著しい進展が原因で、2050年には5500万人程度となり、このままで推移すると約50%となる見込みだという。どうしても、女子労働力による拡充が必要なのである。アメリカのロサンゼルス・タイムスの記事によると、日本では、女性の雇用率を男性と同レベルに引き上げることで、800万人分の労働力が増加すると報じている。
日本では、会社側から結婚や出産を理由に退職を強いられるケースは、明らかな労働基準法違反であるにもかかわらず、その不当性が十分に表明できず、結果として「泣き寝入り」に終わる例も少なくない。また、日本人男性も家事に参加するようになってきたとはいえ、米国に比べて、日本人の父親は子どもと接する時間が3分の2である、と指摘されている。また介護保険制度が発足して10数年を経過してもなお、親の介護や日常の家事も女性が主に請け負うという「伝統」が残っているため、仕事との両立が困難である場合もある。
このような思想的な遅れやそれによって生じる不利益の問題を言葉で唱えるのは比較的簡単である。しかしこれは、旧態依然とした頑強な下部構造によって支えられている事実を指摘しなければならない。すなわち専業主婦という集団を温存している「特権」である。具体的には103万円の配偶者控除、130万円までの社会保険料の免除、健康保険の被扶養者、公的年金の第3号被保険者問題等に顕著である。これらに切り込むことが、安倍政権に問われている喫緊かつ最重要の課題なのである。
【日本大学法学部教授矢野聡】